バイリンガルエンジニアへの道

未経験異業種から海外でWebエンジニアを目標に勉強している人のブログ

エンジニアになった今年一年を振り返る

お久しぶりです。

 

どうもブログ更新がなかなかできなくて、思い出したように自分の考えを整理するためにブログを書き出す事が多いです。

 

今年ももう終わり間近になって、一年の振り返りをしていこうかなと考えています。

 

今年はいろいろあったけど、来年もいろいろある予定なので、このブログでもいろいろ共有できたらなーと思います!

 

では、1月からの出来事、考えてきた事などを一気に書き上げていこうかと思います!!

 

注意:今回の記事は結構長いです。

 

 

 

 

一月 転機の始まり

実は転職を前の会社に告げたのは1月でした。

 

当時のリーダーからは今からエンジニアになっても未来は明るくないと言われ、

反対というほどではなかったのですが、僕の将来を心配してくれていたように思います。

 

しかし、僕はそれでもエンジニアになって、まだまだ自分のできる可能性を広げていきたいという考えがあったので、辞めてエンジニアを目指す事にしました。

 

当時の会社には、海外の方も多かったので、英語で仕事する事も少なくなく、英語のスキルも活かせたのでとても楽しかったですし、いろいろ学びはありました。

次は、エンジニアと英語の両方を活かして、変化を生み出せる人になろうと決意して、辞めました。

 

2月最終出社と引っ越し準備

2月は最終出社だったのですが、これと言って頑張る事はなく、いつもと同じような仕事に加えて、多少の引き継ぎをやっていくという事をやっていました。

それに加えて、転職先も決まった事もあり(都内だったので)引っ越しする必要があったので、ひたすら引っ越しの準備をしました。

 

最終出社1週間前までは早く辞めたい〜!ってなるのに、最終週になった途端に少し寂しさを感じ始めるのはなんでなんでしょうかねw

 

会社の人は、辞める人がどうなってもいいとは思うので、早く辞めて欲しい気持ちでいっぱいでしょうが…。

 

そうこうするうちにあっという間に卒業。

 

3月引っ越しと入社準備

3月になると有休消化をして、その間に引っ越しやら次の会社の入社手続きなどをしていました。

都内に引っ越しという事で今までとは違う何か(?)を感じながら引っ越しして

東京という都会の街に怯えながら、着々と準備を重ねていきました。

 

ようやく、次の月からエンジニアになるというワクワク感やら、不安感やらが混ざり合っていました。

 

ちなみに、SESだったのですが、この時点ではまだ現場は決まっていませんでした。

 

それもあり、かなり焦りを感じていましたが

後から聞くと、この時期はどうも案件自体が少なくなるみたいで、そもそもなかなか案件が回ってこないという事でした。

それに加えて僕みたいな経験がない人にはなかなか仕事がなく、自社待機待った無しという状況に追い込まれました。

 

果たして僕は来月までに仕事が手に入るのか!?(結果:そんな事はなかった)

 

4月自社待機

結局仕事は見つかりませんでしたw

 

自社待機が決定したのですが、給与的には今までの会社の給与より、転職先の自社待機の給与の方が多かったので、自社待機だからと言って「給与すくなっ」とか「金がぁ〜!」という事にはなりませんでした。

 

ただ、早く現場に出てプログラムとか書いてもっとレベル上げていきたいと考えていたので、そっちの焦りの方が強かったです。

 

この時、自社待機になった人が僕と同じ時期に入った人の中ではもう1人いて、その人と1ヶ月の間机を並べて勉強の毎日を送っていました。

 

僕はその頃、LPICのレベル1を勉強していました。

特にLinuxを使うという仕事を選んでいた訳ではないのですが、エンジニアたるもの、LPICレベル1くらいの知識は必要だと思って、結構ガッツリ勉強していましたが、結局資格自体は取っていませんでした。

 

単純に受験料高すぎ君問題が僕の受験を妨害してきました。。

知識さえ詰めれば良いと考えていたので、そこはあまり深く考えず、これでいいやって感じで勉強だけしていました。

 

おかげでコマンドとか、Linuxのちょっとした仕組みなどの理解に繋がり、後々出てくる現場でもそれが活きる事になったので、勉強した事は無駄ではなかったと思いたいです。

 

今ではほとんど忘れている感じですが、また今度はレベル2まで勉強していきたいなと思いました。

 

この時期、同時に現場の面談も少しずつ増えてきて、やっとの思いで1個現場が決まり、そちらに行く事になりました。

ちなみに、そこではテスター案件で、結合テストをする事になりました。

SQLをよく使うと言う事を聞き、バックエンドとしての仕事はほとんどした事がない僕は、SQLが使えるなら!とそこに行く事に決めました。

それが後々、地獄につながるとはこの時はまだ露知らず…。

 

5月初の現場だが、そこに見たものは…

やっとエンジニアとしての初のスタートを切れる現場に入る事になりました。

この時の気持ちはめちゃくちゃワクワク、これからのエンジニア生活の始まりに胸をトキめかせていました。

 

朝9時、待ち合わせの場所に向かう僕。

 

営業「あっ、おはようございます。これからちょっと説明を受けてもらいますね」

 

そう言って連れてこられたのは、あるビルディング。

そこに集められる10人ほど人々。

そこで、それぞれ共通の説明を受けた後、各々の現場に連れていかれるみたいだ。

僕は他の2人と、3人で自分の現場に向かう事になった。

 

説明を聞いてる時、少し違和感を感じていた。

なんだか、自分がどこから来ているのかがハッキリしない感があったのだ。

自分の会社を書く欄には、聞いた事もない会社が書いてある。

「どこどこから来てる方ー?」聞いた事もない会社で呼ばれるので気にしないでおくと、「●●さんじゃないですか?」と僕の名前が呼ばれる事もありました。

僕はどこから来ているんだろう…。会社の名前はどこと言うのが正解なのかわからないまま現場に到着。

 

現場の人に説明を受けるのだが、なんだかすごい不安を感じる…。

どうも話を聞くに、よく噂に聞く、エクセル職人と呼ばれるものになりそうな予感…。

 

そして、その予想は見事に的中した。

 

1日目にして、エクセルしか触らない業務内容に僕は絶望し始めた。

3日目ですでに現場を出たくなっていた。

 

ひたすらに、スクリーンショットを撮って、エクセルに貼る。DBのデータを確認してエクセルに貼る。

ひたすらそれだけの作業をやって、1週間が過ぎた頃。

限界が来て、自社の人に辞めたいという相談をした。

 

そこで僕はボロクソに言われた。

「入って1週間2週間で何が分かる。」

「こんなんじゃこの先やっていけない」

「自分で仕事(プログラム書く)を奪っていけ」

 

現場の空気感を知らない人に、こんな事を言われるのがすごく悔しかった。

僕はこれでも頑張って仕事していたし、モチベーションが下がった訳でもないのに、ここまで言われるのか…。

話は結局、契約である2ヶ月はその現場で頑張れという事に落ち着いた。

ちょうど2週間が過ぎた頃だった。

この2週間がすでに2ヶ月くらいの長さのように感じていた僕は、その2ヶ月が死ぬ程遠く感じたのだった。

 

6月地獄の終わり

当初の予定では2ヶ月という事だったこの現場とも、今月でお別れだと信じていた。

 

信じていた。と言ったのは、本当にちゃんと出れるかどうか不安が残っていたからだ。

SESとか派遣での大体の現場では、余程の事がない限り延長が入る。

余程の事…というのは、プロジェクトが終わる(予算が尽きるとか、納品完了するとか)、もしくはその人の勤怠状況や、勤務態度が著しく酷いなどの場合。

僕は、割と普通に過ごしていたし、問題も起こしたくなかったので当然延長が入ると思っていた。

 

そして、その時は来た。

僕自身は、延長する気などさらさらなかった。

早くコードが書ける現場に行きたい。それだけの気持ちしかなかった。

 

ある時、自社のスラックに1つのメンションが飛んできた。

「延長希望入ったけど、する?」

するわけないだろ!!心の中で叫びながら

「すみません、今回はしないようにお願いします…。」

と言うと

「もうちょっと頑張ってみて」

と何故か延長を薦める声。

僕は2週間過ぎた時に辞めたいという思いも伝えたはず…。

まぁ、仕事上延長するように仕向けないといけないというのは分かるのでしょうがない。

しかし、僕もここは譲れない。

成長のない現場で続けても苦しいのは自分だし、何より現場の空気感が僕には本当に合わなかった。なんというか、空気が淀んでいた気がしたのだ。

 

「すみません、どうしてもここではやっていけません。。」

 

これを最後に自社の人も折れてくれた。

後々聞いたのだが、僕と同じ時期に入った後の2人のうち1人も、2週間くらいで出たいと自社の人に相談していたみたいで、その時のその方の自社の営業さんは「当然だよね〜!」みたいな対応してくれたので、この時ばかりはさすがに向こうの自社の営業さんの方がちゃんと現場を理解してるんじゃないかって疑いが生まれてしまいました。

 

そんなこんなで出れる予定だった…。

 

だった…。

 

この含みは何なのか。

そう、ただでは出させてくれないのが自社クオリティ(ニコニコ世代の懐かしい響き)

 

退場1週間前になり、突然電話がかかってくる。

僕はその頃は当然退場するものと思っていたし、自社もそれを受け入れてくれたと言う事で、次の現場も決まっていた。

不安な気持ちを持ちながら、少し席を離れ電話に出る。

 

「ごめん!退場の事を(当時の)現場の人に言うの忘れてた!!」

なんだと…!?

「でも、もう次の現場決まっているので…」と僕が言うと

「そうだよね、だから親族が危篤状態で実家に帰る事になったという事にして!」

ほほぉ…? これはなかなか香ばしい匂いが…。

状況はこういう事だった。

 

僕が退場すると決めた連絡をした日に、当時の現場に退場する旨を伝えたつもりで忘れていて、それを延長の連絡が来たタイミングで思い出したと言う事だった。

しかし、僕の都合もあり断る手段として親族の危篤を使うと言う事に…。

 

現場を出るのになぜ嘘をつかねばならぬのか…。

まぁ、正直この時は出れるなら何でも良かったので、受け入れた。

あえて自分から退場理由を言う事はなかったが、聞かれたら危篤という事にしてほしいという事だったので、そのつもりだったのだが、特に聞かれなかったので向こうでいろいろ処理してくれたのだろうと察した。

 

そして、なんとかその地獄から脱出する事ができたのだ。

 

ただでは出させんぞ! 天からのお声が聞こえたような気がした。

 

7月新現場(a.k.a 天国)へいざ!

さて、少し話は脱線するが、僕のスキルセットは主にPHPとJavaScriptである。そして、フロントを主にやっていたが、バックエンドへのシフトを試みているところであった。

使っているフレームワークは、主にLaravelとVueをやっていた。

(6月までの現場はJavaで、CSSとかも崩壊しているクソコードかつ、もはや仕様がごちゃごちゃしすぎていて何が何か分からない状態になっていた。)

 

今回、7月から参画するプロジェクトは見事、Laravelを引き当てたのだ。

すごく運が良かった。

後から聞いた話では、僕含め4人で面談を受けたのだが、僕以外が中国人?ぽい人で、日本語が少し怪しかったのと、スキルがそこまで高そうではなかったので、消去法で僕が選ばれたと言う事らしい(あんまり嬉しくないww)

 

理由はどうあれ、Laravelの現場でPHPの案件は初めて!という事でかなり緊張していた。

そもそも、プログラムを書く仕事も初めてだったので、どうやっていくのかすごく不安を抱いていた。

 

当日、前の現場とは裏腹に直接現場に定刻に行き、小一時間ほど説明を受ける。

そのまま自分のパソコンのセットアップと開発環境を構築する。

3日程開発環境を整えるのに使ったが、それ以降しばらく仕事がなかった。

というのも、いろいろ理由はあるのだが、上長が同じ場所で仕事をしていなかったので(別のビルにいた)、僕らは正直何をしたらいいのか分からずにいた。

 

とりあえず僕は、そこで使われているLaravelプロジェクトを眺めていた。

見た事もない設計、見た事もないプログラムの書き方にいちいち感動していた。

「これが…現場のコード…! これから僕もこれを触っていくのか…!」

すごく心が踊っていた。

 

それから1週間後、上長から降ってきた仕事は

「ちょっとこのCSSを整えてほしいんだけど」

ほほぉ…。また香ばしい匂いが…。

 

どうも、今乱雑に書かれてぐちゃぐちゃになっているCSSをSCSSに置き換えて欲しいと言う事だった。

「どれくらい工数かかる?」

「そうですねぇ…。3日くらいですかね…。」

僕は安易にそう答えてしまった事を後悔している。

 

早速次の日から作業が始まった。

まずは分かりにくそうな所からやっていくかぁ〜

システム系にはありがちな、大量のナビゲーションバーの項目が面倒臭そうだな〜。権限によって変化するからその変化に対応できるCSSにしないとなぁ

そんな事を考えながらもらった既存のCSSファイルを開いて絶望感を味わった。

 

クソコード。

 

その名を聞いた事がない人はいないだろう。

そう。その名の通り。

クソコード。

 

どうやったらこんな書き方ができるのか…。

え、これ書いたのデザイナーの人だよね…。

ソースのデザインもしようよ!!

「設計」って英語で言う時「デザイン」って言うんだよ!!?

 

僕は恐る恐る不安を感じながら作業に取り掛かった。

そして、1日が過ぎた辺りで気が付いた。

「1日使ってできたの、ナビゲーションバーの8割くらいじゃん…?」

これ、3日じゃ絶対無理だわ…。

 

結局、延長させていただきました…。

いや、これは無理だわ!

しかもBootstrapを使っていた上に、Bootstrapのクラスにがっつり上書きでCSSを書いているせいで、どこをどうすればいいのか、一から作り直した方が早いレベルだった。

 

しかし、僕はやりきった。1週間程でなんとか形にした。

多少変な設計になっているのはしょうがない!元のCSSが崩壊してるんだから!

それをここまで復活させたのはまぁまぁ頑張った方だ!

そう自分に言い聞かせて、Laravelではあんまりできなかったが、一旦最初の仕事を終わらせたのであった。

(厳密には他にもいくつか仕事があったが、どっちかというと設計や要件定義の仕事ばかりでプログラムはほとんど書いていない)

 

8月私とうとうプログラムを書く

エンジニアになって、この3ヶ月プログラムを書かずに終わったのである。

エンジニアの人からしたら、そんな事ある!?と言わざるを得ない状況である。

分かっている。分かっている。僕がそれを一番分かっている。

僕はまだエンジニアじゃない。分かってるさ。

 

しかし、そんな僕もとうとうプログラムを書く時が来た。

「このページとこのページ、webish君やってもらえる?」

そう言って渡されたページ、要件だけ見てもありえない量の機能が詰まっていた。

「はい! 頑張ります!」

僕は勢いよく返事をしたはいいが、マジで作り方分からんし、これどうなってんの状態。

軽く上長にソースの説明を受けたが、明らかに最初のプロジェクトでやるレベルの設計じゃなくてかなり焦り出す。

しかし、僕は必死に食らいつくという気持ちでそのソースと戦う事にした。

 

2日、3日と経つごとに理解は進むが、進捗がなかなか生まれなかった。

(正直、半年近くが経った今でも、あのページをやれと言われたらかなり頭を抱えるレベルではあった。)

かなり苦しい思いをしながらなんとかコードを書いては遠く離れた上長に報告し、見てもらうなどいろいろ頑張った。

家に帰っても、LaravelとVueの勉強をひたすらやっていた。

足を引っ張らないように…。

 

そんな僕に重く乗りしかかるもう一つの重りがあった。

僕と同じ時期に入ってきたある人(以下: T)の存在である。

Tは、最初の自己紹介で経験1年目なので迷惑かけるとこもあるかもしれませんというような事を言っていた。

1年だったら少なくとも僕よりできそうだし、迷惑かけるのは僕の方だろうなぁと思っていたが

最初の環境構築の時に違和感を感じていた。

「webishさん、これどうすればいいですか?」

「webishsさん、これなんですか?」

「webishsさん、これどうやったんですか!?」

「web(ry」

 

だーー!!もう!!うるさい!!と言いたくなった。

僕は僕の仕事がある!!

君には君の仕事がある!!

You understand!!?

分かったら、黙ってやれ!!

 

すごく言いたかったが、これから一緒に仕事していく仲である。

強くは言わなかったし、僕も教えて、その人が成長して今後の仕事が楽になればいいかという気持ちで教えていた。

しかし、一向にそれが改善される事はなかった。

(半年経った今でも、その人が何か成長したかと言われればほとんどしてないと言っていい)

僕はいい加減嫌になってきていた。

なぜ、他社の人間、しかも教えても吸収してくれない人を教えないといけないのか。

毎日毎日、その人が生めなかった進捗を僕が管理して、僕がその進捗を埋めるという事が続いて、僕が残業させられる事になったり…。

とにかく、嫌になっていった。

 

それ以外は、割と良い現場だったので、次の月に起こる問題に関しては、完全にそのTの存在がほぼ80%くらいを占める勢いで僕の人生に変化を起こそうとしていた。

 

9月私、退場します!

 2ヶ月が過ぎた頃、自社から連絡が来た。

「更新の連絡来たので、更新しときますねー」

 

いやいや、ちょっと待て!

僕の言い分も少し聞いてくれ!

勝手に更新しないでくれー!!

 

ということで、僕の言い分はこうだ。

①他社の人をなぜ教えることになっているのか

②そのせいでいらない残業が発生したり、ほぼ2人分の仕事を1人でやっている

③教えても学んでくれないのでTとペアになるなら僕はこの現場を辞めたい

 

この他にもいくつか理由はあったが、所謂現場を辞めようかと考えていたところだった。

「上長の方からお話があるとのことです」

自社に理由をぶちまけて、帰ってきた返事が上記だった。

 

そして、話し合いをすることに…。

結果としては、残留ということになったのだが

条件として、僕をもうTとは組ませないということになった。

 

そして、この次の月から僕は本格的に開発が始まることになる。

 

10月開発、始めます!

前月まで正直、僕のレベルでは開発というレベルで開発ができなかったので、できることだけやったという感覚でした。

 

全く無駄だったとは言わないが、そこまで開発としての質はよくなかったと思う。

上長にすごく助けられたし、上長に任せてしまったところも多くある。

毎日、朝上長がコミットしたコードを確認しながら勉強する日々が続いていたので、正直自分がここにいることの意味に疑問を持ち始めていた。

 

しかし、ここで新しい人が入ってきたのだ。

その人に仕様を伝えるために、僕が基本的なところを教えて

これから仕事を振っていくことになったのだ。

 

僕自身、あまりまだ仕様を完全に理解したわけではなかったが、9月までの開発の経験とで、多少は自信もついていた。

ここでふと今までのことを振り返っていた。

 

最初の現場で2ヶ月テスターをやりまくった結果

シナリオテスト、結合テストなど様々なドキュメントに触れて、どのようにやっていくのかをちょっと理解した。

次の現場では開発や仕様理解、要件定義などいろいろなことを経験していた。

いろいろなものに触れ、多少システム開発の流れ的なものも掴んできていた。

 

新しく入ってきた人に対しても、それらの知識やスキルを活かして、うまく教えたつもりだった。(だった、というのは単純に僕の主観から思っただけで、新人からしたら良い教育係だった…のかもしれない)

 

いろいろあったなりに頑張ってきたんだなというのを感じながら、第二フェーズの開発が始まった。

 

今回の開発は僕が前職でもよく使っていた技術を使っての開発だったので、比較的やりやすかったのもあったが、頑張れた気がする。

頑張れたのは、10月から来た新人君がすごく僕と相性が良く、お互いが苦手なところや、気づかない所を補うような形で開発を進められたのが個人的によかったかなと思った。

できることなら、これからもその人と開発を続けていきたいなとも思った。

新人君も割と技術志向で僕とも技術の話で盛り上がったり、年が割と近いこともあり話が結構合っていたのも関係しているかもしれない。

 

ともあれ、僕とその新人君で開発の7割くらいを完成させた。(最終的に上長が整えて僕らのコードが無残にも消え去ったり、改良されたりした)

 

これが結構自分の自信にも繋がっていった。

 

11月転職、キメます!

開発も大分落ち着き、次の仕事をどうしようかと考えている時

転職の話が舞い込んできた。

僕もその時転職したいという考えが無くもなかった。

様々なことが自社で起こり、ちょっと自社に対する不信感もあったり、SESとして客先に出るという事が結構心身に負担を感じていたのもあり、少し腰を下ろせる所を探したいと考えていたところでの話だったからだ。

 

とりあえず、話だけでも…。

そして転職のためのカジュアル面談に足を運んだ。

ここから僕の良くない症状が発症する。

その会社の話を聞いていると、その会社が最高のように思えてくるのだ。

何もかもが全ての会社の中でベストなのではないかという錯覚を起こすのだ。

そして、その会社の感触が良ければ、すぐにでもその会社に入社したくなってしまうのだ。

 

案の定その会社でも、話を聞いているうちにその会社しかありえないだろうという結論に僕の中で議題に上がった。

 

結局、正式に面談も受けて、入社試験的なものもいくつか受けた後、内定を頂いた。

 

これが僕の今回の転職のキッカケでした。

主な理由としては、

① 今の現場でできる事はほとんどやりつくしたといっても過言ではないくらい自分の中では満足した事。

② 次のステップに行きたいと思って、その先がLaravelを使っているのならとても光栄な事。

③ SESではなく、自社で受託などの仕事をしたい。そして自社を成長させる事に加担したいと思った事。

 

これらの理由が決めてになり僕は転職を決めました。

結局転職を決めたのは、1社目で受けたところでした。

よくよく考えてみれば、これまでの転職でも3社以上受ける事はあまりなかったなという事に気づきました。

これが転職をすぐにしてしまう原因かもしれない。でも僕は転職においての自分の判断を間違いだったとは思っていないので、これはこれで良かったと思う。

 

最終的にどこに落ち着き、それまでにスキルをどう上げていくかは、それこそSESではなく、会社自体を変えて、その会社の内情から理解していかないとダメだという事に気づきました。

 

12月新たな門出へ

結局、今書いてるのは今の現場を出る1週間前のクリスマスイブになるのだが

この現場にはすごく感謝していて、僕の知らなかった多くの事を勉強するキッカケをもらった気がする。

この現場に来なかったら、いろんな事を知らずにどうLaravelを勉強していけばいいか分からなかったかもしれない。

 

それ以外にも、いろいろPHPの知識とかも着けさせてくれたし、テストとかそういうのの観点なども調べるキッカケになった。

半年だけではあったが、とても実りのある半年だった。

 

次の会社でもLaravelをメインに使っていく事になるけど

今度はまた別のデザインパターンや、DB、設計などに触れていく。

ましてや受託の仕事という事でより一層僕自身の裁量も増えていく事になるだろう。

 

胸がワクワクでいっぱいである反面、10月の新人君や、お世話になった今の現場の上長とかとの別れは少し寂しい気もする。

しかし、もう今更別れに拘って先に進めないという事は考えないでおく。

前の会社をやめる時も、今の会社をやめる時も、次への事に頭を切り替えていくしかない。

 

来年1日から別の会社所属する事になるが、そこでの出会いには今から心踊らせている。

 

また来年、新しい会社に入ってからの僕の活躍にご期待(?)ください。

 

では、本記事を閉じます。

ここまで読んでいただきありがとうございました!